ファッションは自分のパッケージ

「帽子の箱」として多くの方がイメージされる丸い箱。いかにも「帽子が入っている」というパッケージで、古くから親しまれている形です。
なんと90年も前に、この帽子の箱がタイトルになった映画も作られています。DYEVUSHKA S KOROBKOI「帽子箱を持った少女(邦題)」
1927年ソ連 ボリス・バルネット監督
帽子職人のヒロインはモスクワの帽子店に作った帽子を卸しているという設定。「帽子は丸い箱」という私達が抱く共有イメージがあって、彼女を説明する効果的な小道具になっています。あれが四角い箱や紙袋、ましてや段ボール箱を運んでいては別に帽子屋でなくても構わなくなりますからね。

さて私の持っている丸い箱。たくさん持ってはいるものの、箱を重ねていると特に蓋部分が少々くたびれてまいります。痛んでいるのはそこだけ、処分するまでには至りません。なのでリペアしました。あちらこちらから集めてきた綺麗な紙面を張り子のように重ねて貼って、ちょっと他にはないような帽子の箱になりました。この箱の中にはどんな帽子を入れようかしら?モダンでクールな帽子かな。想像は膨らみます。

帽子の丸い箱、その中にはきっとお洒落で素敵な帽子が入っているに違いない。これは丸い箱に対する私達のイメージ、中身は小学校の通学帽や現場のヘルメットではなさそうです(ヘルメットは命を守る尊い使命があります、これはこれで素晴らしい)。

そんなところからパッケージに思いが繋がります。
一言で言えばパッケージデザインはその商品をより魅力的に見せること。そこには「私はこういうものです」といった商品やブランドの個性を伝える主張のようなものと、「あなたはこういう商品やブランドに見えます」という相手から見た客観的なイメージの両方が含まれます。

と、考えるとこれはまるでファッションではないですか!

いえいえ、「ボロは着てても心は錦」。もちろんそれを否定するわけではありません。
外見云々となると例に出されるメラビアンの法則。これは1971年にアメリカの心理学者アルバート・メラビアンが提唱した法則で「人の第一印象は出会って3秒で決まる」という内容で広まっています。が、本来は「話の内容」「声のトーンや話し方」「態度や仕草」に矛盾がある場合、人はその話の内容よりも、視覚や聴覚からの情報を優先する、という実験でした。

人は見た目ではない。とはいえやはり第一印象は視覚が最優先するのは間違いないでしょう。そしてその印象は意外と後々まで影響がある。わかりやすい例では大統領選挙の際の候補者のファッション。今では当たり前のこのパーソナルブランディングが始まったのは1960年 第35代アメリカ大統領選でのケネディ候補です。現職大統領 共和党ニクソン氏を破るためにイメージコンサルタントを雇って徹底的に自身をブランディングし、若さ・活力・精悍さを打ち出して当選したと言われています。
故スティーブ・ジョブズ氏のジーンズに黒のタートルセーター、これはプレゼンテーションのお決まりのスタイル。しかし一方で銀行での融資交渉に行く際にはブリオーニのスーツだったそう。その時々の場面の「コンセプトイメージ=アイデンティティ」に最適なファッションを選んでいた、こうなると装いは無言のプレゼンテーションとも言えますね。

私ごとになりますと、寝ている以外は黒い作業用エプロンを付けています。朝起きてエプロンを締めるのは制作をするための気合いを入れる儀式のようなもの。「私は今は戦闘態勢だ!」と自身を奮い立たせる仕掛けです。
一転、催事で店頭に立つ時は帽子のテーマ「イージーエレガンス」をイメージいただけるようなシルエット、そして主役であるお客さまと帽子を引き立てる黒子であるように黒い服が主になります。それは提案したい帽子と提案する自身のイメージが激しく矛盾することがないよう、そしてそれが安心感と信頼感に繋がって欲しいというお客さまに対する気持ちに他なりません。

そのファッションは自分が伝えたいメッセージを発信できているのか?相手の期待に応えているのか?
「そんな難しいこと考えて服なんて着てられない、服がどうのこのなんて面倒だわ」というご婦人方の声が聞こえてきそうです。しかし「ファッションは自分のパッケージ」と思うだけで、ちょっぴり自身との向かい合い方が変わるかもしれない。そんな気持ちになってまいります。

野村あずさ

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