野村あずさ 〜帽子と私〜

幼い頃、髪が薄くて男の子に間違われ続けていました。親が不憫に思ったのかどうかはわかりませんが、気づけばいつも帽子を被せられていて、それがすべての始まりだったのかもしれません。

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帽子を被っているだけでなんとなくお洒落に見える。それが嬉しくて、いつの間にか「あずさちゃんはいつも帽子を被っている」が私を表す言葉になっていました。お小遣いを貯めて買い続けるうちに、やがて好きな帽子に出会えなくなってくる。それなら自分で作ってしまおうと思い立ったのが、20代も終わりの頃です。

服飾学校の夏期講座に飛び込んだものの、サンプルと同じ帽子を作るだけの内容に物足りなさを感じ、講師をつかまえて直談判しました。「自分のイメージした帽子を作りたい。仕事があるので土日しか通えない。そういう場所はないか」と。その縁で今の師匠、小林時代(ときよ)のアトリエに辿り着きます。
平日は大学助手、月2回の土曜は帽子の稽古、毎週日曜は染色工房でのものづくり。休みはほぼありませんでしたが、充実していました。その後、染色作家として作品を発表しながら帽子制作を続け、2005年に初の帽子個展。同じ年にドイツのアートフェスティバルで滞在制作、帽子作家の集まり「マルシェ・ド・シャポー」の立ち上げにも関わり、さぁこれから、というタイミングで妊娠がわかりました。

スペースも水場もガスも必要な染色をそこで一旦諦め、帽子一本に絞りました。出産、育児、ペースダウン。再起動しようとしたら二人目の妊娠。妊娠8ヶ月で売り場に立ち、臨月まで飛行機に乗りながら次男を出産しました。

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そのたびに支えになったのは、大学時代の教授の言葉です。「女性は人生で何度も選択を迫られる。でも制作は細く長く、切れそうになっても続けなさい。一度止めたらなかなか戻れないから」。もどかしさを抱えながらも、とにかく止めませんでした。
私が帽子を作るのは、売るためだけではないと感じています。帽子はコミュニケーションのきっかけです。帽子を介して人と出会い、言葉を交わし、その人の日常のどこかに一緒に出かけていく。私はそのために帽子を作っているのかもしれません。

フリーペーパー「ima’am(イマアム)」
12月発行の「2019年12月/2020年1月 vol.219」巻頭「今を創る人」に掲載されました。
帽子制作活動についてわかりやすいテキストです、ご興味あればご覧下さい。
(記事は ima’amサイトのこちらでもご覧いただけます)

野村あずさ

1966年 生まれ
東京都練馬区出身、在住
女子美術大学産業デザイン科工芸専攻 卒業
多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻 修了
多摩美術大学共通教育学科大学院研究室助手(1992〜2002年)
南青山テキスタイルスタジオ のの 制作スタッフ(1992〜2012年)
NHK学園国立本校 帽子教室講師 (2002〜2014年)
徳島文理大学短期大学部 社会人講座講師 (2007 〜2009年)
東京国立近代美術館工芸館 ガイドスタッフ (2004〜2020年)
小林時代(ときよ)に帽子を師事(1998〜2020年)