AZU通信67号「自伝4」

極端に言えば、四季がなくなれば衣替えの必要もないし、着るものの量が単純に半分で済むし、季節先取りとか季節遅れとかの気苦労もないし、よくご婦人方が困ったように「いま着るものがない」なんて言うけれどそんなこともなくなるし、服を作る側も「暖冬で冬物が売れなかった!」「涼し過ぎて夏物が売れなかった!」なんてこともなくなるし、なんだか合理的でいいことばかりのようにも思えます。
が、合理的機能的ばかりがいいのかどうか?
帽子に機能性をことさら求める方にも伺いたい。
便利が最上級の価値観なのでしょうか?

補足として…「軽くないとダメ」「たためないとダメ」「洗えないとダメ」「UVカットできないとダメ」。帽子をお探しになる方の最初の言葉が「駄目駄目」のオンパレードになりますと、こちらも少々元気がなくなってまいります。もちろんそれぞれの価値観がありますので否定はいたしません。
そうはいっても「帽子なんて何でもいいのよ」とおっしゃるお客さまにお会いしますと、「うーん、そこまで割り切るものか」と考えさせられることも。例え機能重視されても、身に付けるものとして少しの気遣いがあるかないか。そう記述すれば良かったかと振り返っているところです。(2020年1月29日追記)

野村あずさ

3件のフィードバック

  1. 制限もなく、自由に自分の価値観で身なりを整えられる国だからこそ、意見が割れるのでしょう。
    ファッションがコンプレックスになって機能性を重視するようになったとか、節約したいから物を持ちたくないとか、ミニマリストという省エネタイプの人とか…

    機能性があるものが好きの中には、旅行が好きで荷物を減らしたいという人もいることでしょう。お洒落を勉強してこなかった年配の方にも見た目よりも機能性という方もいるはずです。

    日本の人たちが洋服になって、まだまだ扱い方が分からない人もいるんじゃないのかな?靴の手入れを知らない人が沢山いるように、帽子と言うものも日本の文化にはまだ歴史が浅いのかも知れませんね。

    帽子と言うと、学校の制服や、仕事の制服で身につけるイメージが強く、バッグを持つように自然になるには人様の生活レベルや馴染みによるものだと私は感じました。

    お洒落を優先すれば、洋服は着心地が悪かったり苦しかったり。オーダーメイドという発想がまだ世間には馴染んでないのかも知れません、そういう世界は無縁だとかお金持ちの世界だとか、特別な世界だからせめて自分でも手に入れられる機能性が最高級なんだ、とかね。

    目立つのが苦手な人も機能性を選ぶ気がします。人前や室内では帽子を脱ぐのが礼儀など、ルールやマナーを気にして被らなくなることもありますね。被っていると凄く見られるのを実感しています。

  2. ミキさま
    鋭いご指摘、お考えを丁寧にお知らせ下さりありがとうございました。
    気持ちが高ぶって少々きつい書き方になってしまったと反省いたしました。
    補足を加えましたのでご覧いただけますと幸いです。

  3. あれもダメ、これもダメ…そういう事を言っている人は悪い部分を見る癖だと思うので、作家として提案者として、また帽子を愛する女性として…あずささんから前向きに視点を変えられるようにするのも、接客する良い機会だと私は思います。また、なぜ駄目なのか…それを質問してみるのも手かと。

    理想が完璧でなければ…「たられば」「なければならない…」どうもマイナスに考えがちなのは日本特有というか苦笑

    かつては私も昔は、このアイテムはこうでなければならない!!と強く思い込んでいたこともあります(笑)

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