はじまりの帽子

帽子の始まりの写真をバケツにしていました。が、この正月に古いアルバムを改めて見ていたら生後7ヶ月のこの写真を見つけました。父の兄弟がスタジオ付きのカメラ屋さんをしていたので小さいころからスタジオで撮った写真がたくさんあり、これもその中の一枚。アルバムにも時代を感じます。(ちらり見える腕は私がひっくり返らないように支えていた叔母)
日常のメモ代わりの写真、瞬間を切り取るライブ感溢れるいきいきした写真は今ならではの気軽な楽しみ。しかし現像代がかかり写真一枚一枚が貴重だった頃に、兄弟のお店とはいえスタジオでこのような写真を残してくれた父に有難いと思うと同時に、小さい私が帽子を被っておめかししていることにも嬉しく思いました。帽子を被っているだけで「きちんと感」が出る不思議。
どうも父は帽子が好きだったようで(しかし本人はキャップと2〜3くらいしかバリエーションがなかったのですが)確かに小さい頃の私は帽子を被せられていました。
その私が後に帽子屋になるとは父は思いもしなかったでしょう。本人もです。
帽子が好きだったので帽子屋になったのが大筋ですが、潜在意識として小さい頃に被っていた帽子が影響していると思わずにはいられません。
帽子屋になったことを亡くなった父はどう思っていたのかな。
そんなことを考えながら今年もスタート、どんな年になるかは私次第です。励みます。

野村あずさ

2件のフィードバック

  1. こんな小さな頃から被っていたとは、もうからだの一部のようですね。
    せっかくですから、赤ちゃんも被れる親子で揃いの帽子も見てみたいですね。
    赤ちゃんだって日射しは眩しいですもの。
    お祝いに帽子もいいかもしれませんね。

    • ミキさま
      お返事遅くなりました。
      赤ちゃん、子どもの帽子は「小さいだけで可愛い」のでズルいですよね(笑)
      お祝いはいいですね!赤ちゃんから還暦の赤い帽子まで、人生の節目に帽子は如何でしょう。あ、コピーも出来た。

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