帽子と認知的不協和・2(帽子は命までは奪わない)

「認知的不協和」は「不快感」だけでなく「恥ずかしさ」で現れることもあります。いつも通りの格好は慣れているから何も感じない。普段と違う格好は慣れていないから恥ずかしい!
人にはセルフイメージ通りの自分でいようとする力がはたらきます。いつもパンツの人が珍しくスカートを履くことになった。このとき嬉しい!と感じるのかと思いきや、「私はいつもパンツなのに」というイメージの範囲外に外れてしまったばかりに、心理的な抵抗(恥ずかしさなどの不協和)を感じるパターンもあるということです。

「帽子が似合わないのよ」
店頭でそうおっしゃる方は少なくありません。でもおそらくその気持ちの奥には「被ってみたい」という少しの希望(なんて書くと大袈裟ですけど)があるからこそ、そのように私に言って下さるのでしょう。被りたくないなら帽子の前で足を止めることも、私に話しかけることもないでしょうから。

あ、ごく稀に「私、帽子嫌いなのよね」と正面切っておっしゃる方がいますが、どうしてそのようなことをわざわざ私に言うのかは未だ不明です。

さて。

対立する認識のどちらか一方が変われば不協和は起こりません。

私は帽子が似合わない、だから被らない。
しかし気持ちの中では被ってみたいと思っている。

と認知的不協和(=矛盾)を感じていた人が、その不協和(=矛盾)を解消する為に

私は帽子が似合わない、だから被らない。
被らない方が都合がいい(被ると髪が潰れる、脱ぐと邪魔になる、洗えない)ので被らない。

と考えるようになればつじつまが合うようになります。
どんなに不満のある状況でも、慣れ親しんだものは心理的に「快適な環境」となります。本人が「安心、安全、大丈夫」と無意識に感じられている行動範囲内にいれば、心の中の不協和(=矛盾)は起こらない。
「えいやっ!」と行動を変えても良さそうなのですが、考え方を変える方がコストがかからないし安上がりですからね。
変化によって得られる可能性がある「得(リターン)」よりも、それにより失う可能性のある「損失(リスク)」に対して、過剰に反応してしまう傾向のことを「現状維持バイアス」といいます。
帽子を被ると気分が上がって楽しくなるかもしれないという可能性よりも、似合わなかったら恥ずかしい!皆に笑われるのが嫌だ!という方を重視する。

なぜ私が長々こんなことを書いているのかというと、お客さまに帽子を勧める際の疑問からです。
例えば帽子好きと苦手な二人連れのお客さま。好きな方が「この人ったら被れば良いのに被らないのよ、絶対似合うのに!」「ダメダメ、私は似合わないから被らないわよ」
そして私が両者の板挟みになります。
「被りたい」と少しでも思って下さる方に対してであれば、もちろん誠心誠意で帽子を探すお手伝いを致します。しかし「被りたくない」と頑におっしゃる方に対して熱心にお勧めするのが果たして親切なのかどうか?

変わりたくない・現状を維持しようとする気持ちを強くお持ちである以上は、他人がいくら良いと思うことを言っても無理でしょう。変わる気がない。その境地に辿り着くことができるのも認知的不協和を避けるための自己の正当化を繰り返した結果です。見方を変えれば「自分の人生くらい自分が肯定してあげなくては」という前向きなものとしてとらえることもできますが。

帽子が似合わないから被らない。ではどうして似合わないのですか?と伺うに
「顔が大きい」「頭が大きい」「髪が短い」「髪がストレート」「太っている」「背が低い」
でもこれらは帽子が似合わない(とブレることなく思っていらっしゃる)根本的な原因でしょうか。
本当にそうだろうか?と少しでも思うのであれば、感情的な部分だけで判断せずに論理的にリターンとリスクを検証してみることも必要でしょう。

私は嫌がるお客さまに「絶対似合いますから、素敵ですから被ってみて下さい」と無理矢理お勧めするようなことはいたしません。それはこちらのただのエゴ。
しかしお客さまが心の奥底で「不協和を解消する情報」を待っているのであれば、私の経験と知識を惜しみなくお出しします。少しでも「被ってみたい」という気持ちを見せていただけましたら私の帽子のみならず、帽子売場にある他ブランドの帽子まで総動員してお探しいたします。
たかが帽子です。被って命が奪われるようなことはございません。
いままで帽子を敬遠していたお客さまが、帽子を被る第一歩のお手伝いが出来ますように。
そして帽子が好きな方にはさらに喜んでいただけるように。
そのような気持ちで今年も帽子を提案してまいります。

この記事内の2枚の写真の帽子、同じマカロンクロシェです。私がお客さまに提案差し上げるのはほぼベレー風の被り方ですが、冒頭の王冠のような被り方は知人に教えてもらいました。最初は「それはないだろう」と笑って流していたものの、これが試すとなかなか面白い。マカロンクロシェはこういう被り方だと思い込んでいた自分の負けでした。思っていた以上に自由な帽子です。

野村あずさ

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