アシンメトリーを被る・トーク帽1

トーク帽。モロッコの都市にちなんだ「フェズ」が伝わってトルコ帽(エジプトなどではタルブーシュ)になり、そこから派生したという説も有るこの帽子。王室フォーマルな印象が強いトーク帽ですが意外とエキゾチックな生まれのようです。
つばのないトーク帽は頭の上に乗せるように被るスタイルのものや、すっぽり被るものなどデザインは様々。そして今ではフォーマルのみならずカジュアルにも気軽に被られるようになりました。
顔まわりのつばがないので顔の輪郭が強調される形かもしれません。つばがある方がそのあたりはカモフラージュされるので、初心者にはトーク帽は被りこなすのが少し難しい形になるでしょう。どうしてもつばがないものをお選びになるなら、ぐっと砕けたニット帽にカジュアルなベレーの方がスタートには易しいですね。トーク帽は帽子に慣れた方の帽子、女性らしいエレガンスを抜群に演出できます。

秋冬用トーク帽のオーダーをいただきました。素材はファーベロア、ウサギの毛のフェルトです。
チップといわれる型もありますが、微妙なアシンメトリーを作りたかったので形を作る半分はハンドワーク、暑い夏に汗だくになりながらの制作になりました。水蒸気で帽体を柔らかくして形を作ります。オーダーされたご本人が目の前にいらっしゃらないところでの制作、少し形を作っては自分で被って鏡を見て、少し整えては遠くから眺めて、お客さまの写真を見てイメージを膨らませての繰り返しでようやく納得いく形が出来ました。なんだか歪んでいるように見えるのはアシンメトリーのシルエットにしたからです。

話は逸れますが、左右対称のシンメトリーな形は秩序と安定感とすっきりした印象を与えます。対するアシンメトリーはあえて均整を破ることでそれぞれの要素が強調しあったり、その変化が奥行きを感じさせる効果が出ます。

私の好きな画家・現代美術家の山口晃氏は
「日本人の美意識からすれば、対称的すぎるのはむしろ鈍重に感じられ、かえって歪んだ茶器のようにわざと『崩す』ところに価値を感じるところがあります」「わざと中心をはずすことで『動き』を含んだ『静止した動態』を表すのが日本の美の伝統なのです 日本人は非対称(アシンメトリー)のほうが粋でおしゃれだと感じるのではないでしょうか」(山口晃「ヘンな日本美術史」祥伝社)
と述べていて、ははぁ、ナルホドと思わざるを得ません。

帽子そのものをアシンメトリーにすれば面白いものになるのは間違いありませんが、見た目で「アシンメトリー!」を強調している帽子は実際にはそれほど多くはありません。よほどの帽子マニアであれば喜んでいただけるかもしれませんが、おそらく大多数の方には「被りにくそう」「難しそう」と思わせて帽子に対してのハードルを無駄に上げてしまうのでしょう。「面白さ」を感じてもらうどころか手にとって被るまでいきつかない。作る方から言えば少々裁断がややこしい、手間がかかる。
ですから帽子売場のほとんどはシンメトリー。帽子の飾り、そして被り方で変化を出すのが今の被りこなしの基本です。
(マカロンクロシェは被り方でアシンメトリーの面白さを出す帽子です)
さてトーク帽は出来上がったら形が「変えられません」。仕上がった形そのままがお客さまの頭の上に載るわけです。
シンメトリーの帽子も美しい、しかし少々硬くて面白みに欠けるような気がしました。オーダーのお客さまは堅苦しい雰囲気は好まれないでしょう。しかも帽体ですからフォーマル色が強くなるよりは、少しの遊びがあった方が被るシーンが広がるに違いない。
そう思ってアシンメトリーのシルエットに整えました。

トーク帽の不思議なところは飾りがついていないと殺風景極まりないのですが、それが飾りを乗せるだけで一瞬にして表情を持って生き生きとなる。作っている私ですら驚くほどです。最近の帽子はシンプルなものが主流ですがトーク帽に関しては飾りがあった方が断然美しい。
帽子を作るのが好きでこの仕事を続けています。そしてこのように新鮮な喜びに出会えるとますますこの仕事が好きになります。良い仕事を選ぶことが出来ました。
あまりしっかりと作る機会のないトーク帽ですが、今回このようなオーダーをいただいたことを心から光栄に思います。
Yさま、ありがとうございました。

野村あずさ

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